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◆男の人生の真実に到達しているドキュメンタリー(75点)

 何かひとつに打ち込む人生というのは、誰もができることではないだけに男にとっては憧れのものだ。何かの職人であろうと料理人であろうと、一つのものを習得するにはほかの多くを、ときにすべてをあきらめなくてはならない。ストイックな生き方は、欲望と誘惑があふれる現代社会の中ではさらに難しい。だから男の子がスポーツ選手に本能的にあこがれるのも、至極当然のこと。もっとも最近の不況ニッポンで子供に夢を聞けば、公務員になりたいなどと回答が返ってくるが……。
「ビル・カニンガム&ニューヨーク」(10年、米仏)は、そんなこませた子供にもぜひ見せてほしい、働く男のドキュメンタリー。ニューヨーカーなら一度くらいは見かけたことがあるかもしれない、青い上っ張りに自転車で美男美女をスナップしてまわる、有名だけど正体知らずの「変なおじさん」のお話だ。
この老人ビル・カニンガムは、イブ・サンローランのデビューコレクションの撮影を個人カメラマンとしては世界で唯一認められたファッション界の偉人だったりするのだが、「コーヒーは安いほどいいんだ」と格安カフェで休憩し、「雨合羽はどうせ破れるから新調しない」とガムテープを張りながらチャーミングに笑う、倹約家のおじさんだ。
その徹底ぶりは、8年間かけた交渉でようやく撮影にこぎつけたリチャード・プレス監督自らのカメラに余すところなくおさめられているが、ただただ唖然茫然の一言に尽きる。詳しくは見ていただきたいものの、この人物は生活のすべてを「美しいファッションを見つけて撮る」に捧げている。
長年、その写真を掲載しているNYタイムズのフォトコラムは、そのまま社会学の資料になりそうな「ニューヨークの移り変わり」そのもの。セレブだろうがモデルだろうが関係ない、彼がとるのは自前の服、それも猿マネではない独特の個性を持つ人物だけ。それを妥協知らずの編集レイアウト(しかし実際に作業するのは若い編集者。彼にこき使われるたび悪態をつきながら、それでも完璧な仕事をする姿が微笑ましい)で1面の作品に仕上げる。
それにしても彼は、その他の人生の楽しみをなぜ追わなかったのだろうか。あるいは興味もなかったのか、それとも苦しみながらあきらめたのか。それは映画の最後に明らかになる。あまりに意外で、そして感動的な回答に、この手のドキュメンタリーの多くが到達できない「真実」の一端を垣間見ることができる。見事な作品だ。

■作品データ
ビル・カニンガム&ニューヨーク
Bill Cunningham New York
2013年5月18日より新宿バルト9ほか全国ロードショー

スタッフ
監督:リチャード・プレス

キャスト
ビル・カニンガム
アナ・ウィンター
トム・ウルフ
ほかセレブリティ






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