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◆ゾンビ映画の変化球にして王道(75点)

 映画の宣伝において、だれそれが絶賛した、なんて惹句はあまりに定番すぎて、普通に使っても今ではほとんど効果はない。だが、意外な人物が意外な作品を絶賛したとなれば別。
低予算ゾンビ映画「ゾンビ・ヘッズ 死にぞこないの青い春春」(95分、アメリカ)は、「死霊のはらわた」(83年)のSFX担当スタッフを父に持ち、その撮影風景をみて育ったピアース兄弟の初監督作品。こうしたB級の香り豊かなマニアックなホラー映画の場合、先ほどの惹句であれば、サム・ライミだのタランティーノあたりの絶賛コメントを採用したくなるのが普通の映画宣伝マンの感覚だ。
だが本作は違った。これを絶賛したのはかのマイケル・ムーア。映画監督界きっての左派労働運動家である彼が、なぜホラー映画を褒めちぎっているのか。思わず気になって試写を見た。
オタク青年のマイク(マイケル・マッキディ)が目覚めると死体袋の中。あわてて外に出ると、町にはゾンビがはびこっていた。しかしなぜかゾンビに見向きもされないマイクは、自分がどうやら何者かに襲われ半ゾンビになってしまっ事に気づく。人間時代の記憶や生活習慣を完璧に覚えている彼は死肉に興味も示さず、ポケットの中にあった渡しそびれた指輪を手に、恋人のもとへと向かうのだった。
やがて妙に明るい半ゾンビのブレントと、完全ゾンビの大男チーズと出会ったマイク。彼ら凸凹トリオの珍道中が、笑いと哀愁たっぷりに描かれる。
人間に襲われぬためには人間のふりをし、ゾンビに教われないためにはゾンビのふりをする。便利なようで、彼らはどちらにも属せぬせつない立場。序盤は笑いを生み出すその設定が、マイクたちが恋人宅に近づくにつれやがて別の深い意味を持っていたとに気づかされる。
それはこの映画の正体が、未来のない若者の物語だったということ。どんなにがんばっても決して超えられない壁。半ゾンビのマイクたちは、中身は人間なのに人間扱いされることは永遠にない。それどころか、自由な恋愛さえ許されない。確かに彼らはとりえのないダメ人間かもしれないが、この境遇はあまりにひどすぎる。
これこそが、マイケル・ムーアがこの作品を気に入った理由だろう。若い監督たちが、わずかな制作費で、最下層の若者の格差固定の問題をゾンビ映画で描いた。ゾンビムービーが社会派ドラマというのは、このジャンルの創始者ジョージ・A・ロメロ監督の諸作品を見れば明らかだが、その伝統を本作はしっかり受け継いでいる。
物語の落としどころも見事なもので、監督がこのジャンルを相当研究し、テクニックを身に着けているのがよくわかる。もっともそれは、彼らピアース兄弟の血筋を考えたら当然なのかもしれないが。

■作品データ
ゾンビ・ヘッズ 死にぞこないの青い春春
DEADHEADS
2012年4月14日(土)よりシアターN渋谷ほかにて公開
2011年/アメリカ/カラー/英語2.0chステレオ/日本語字幕/ビスタサイズ/95分 提供:日活 宣伝・配給:AMGエンタテインメント

スタッフ
監督&脚本:ブレッド・ビアス ドルー・T・ビアス
製作:アンディ・ドラムンド ブレッド・ビアス ドルー・T・ビアス ケヴィン・ヴァンハーゲン
撮影:ロバート・トス
音楽:デヴィン・バロウズ
編集:ケヴィン・オブライアン

キャスト
マイケル・マッキディ
ロス・キダー
マーカス・テイラー
トーマス・ガラッソー
ナタリー・ヴィクトリア

 



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