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ミスター・ノーバディ

◆誰もが妄想するもう一つ(いや何十個?)の人生をすべて描いてしまう(95点)

 子供たちを見てうらやましく思うのは、彼らの人生がシンプルなところだ。とくに幼児などは生まれてからほんの数年。思い出も愛する人の数もまだ少ないから、愛し方はとても強くて純粋だし迷いがない。年齢を重ね、複雑な綾の塊のような半生を積み上げてくると、なにか決断するにも迷ってばかり。何も荷物を背負わない生き方に、思わずあこがれてみたりする。

 「ミスター・ノーバディ」(09年、フランス、ドイツ、ベルギー、カナダ)は、そうした男の人生の「綾」を、たったの137分間で解きほぐし、すべて見せてしまう超絶技巧のドラマ。この連載で紹介する映画としては102本目だが、間違いなく5本の指に入る大傑作だ。

 医学の進歩で人々が不死となった2092年、ある男(ジャレッド・レトー )が人類最後の老衰死者になろうとしている。人々がその成り行きに注目する中、男は自らの過去を語り始める。不死の運命をあえて選ばなかった、男の不思議な人生とは……?

 人生というものは、乱暴に言ってしまえば選択肢の積み重ね。靴を右足から履くか左足からか、車をローンで買うか現金払いか、そんな大小さまざまな「選択」の結果として存在する。ときに古女房という名の不良債権を抱え込むこともあるが、基本的にはベターな選択をし続けているわけなので、大抵は「それなり」の幸福を得られる……はずである。だが、「あの時ああしていれば」と悔やむ事は誰にでもある。

 この映画の凄いところは、誰もが妄想するその「別の道を選んだ、その先の人生」を描いているところだ。それも、人生は前述したように「選択の積み重ね」だが、その無数にある選択肢の先を、なんとすべて描いてしまっている。

 我々男たちの、複雑な綾のような人生を、1本1本ほどいて見せてしまうこの脚本力。無数のドラマが同時進行しながら、観客が一切混乱しないことからもその優秀性は明らかだ。

 何十人の人生を見ているかのような波乱万丈なストーリーの、果たしてどれがこの主人公が本当に歩んできた「本当の人生」なのか。彼は3人登場するどのヒロインと結婚し、添い遂げたのか。あるいは悲劇を経験したのか。

 こうしたドラマは、無数の後悔と想像を繰り返してきた大人の男にしか、真の良さは理解できない。子供たちのようなシンプルな生き方に憧れる男たちも、こうした良作を堪能すれば、今の自分も悪くないなと実感できること請け合いだ。

 

■作品データ
ミスター・ノーバディ
Mr.Nobody
2011年4月30日、ヒューマントラストシネマ渋谷他、全国順次ロードショー
2009年/フランス、ドイツ、ベルギー、カナダ/カラー/137分/提供:アスミック・エース エンタテインメント 配給:アステア

スタッフ
監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
脚本:ジャコ・ヴァン・ドルマル
撮影:クリストフ・ボーカルヌ
音楽:ピエール・ヴァン・ドルマル

キャスト
ジャレッド・レトー
サラ・ポーリー
ダイアン・クルーガー
リン・ダン・ファン
リス・エヴァンス
ナターシャ・リトル
トニー・レグボ
ジュノー・テンプル
クレア・ストーン



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