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グラン・トリノ

◆大人の男が子供たちにすべき大切なこと(90点)

 最近では監督としての印象が強いクリント・イーストウッドだが、一定以上の年齢の男性にとっては、彼はあくまで映画俳優であろう。西部劇の主人公としてのガンマン、あるいはマグナムをぶっとばす型破りな刑事ダーティ・ハリー。デカい拳銃にデカい車、そしてデカい男。アメリカを象徴するそのキャラクターは、強烈に人々の心に残っている。

 そのイーストウッドが、俳優業引退を宣言した。最後の作品として選んだのがこの『グラン・トリノ』(117分/アメリカ)。自ら監督した、アメリカへの愛を感じられる人間ドラマだ。

 もと自動車メーカーフォードの組立工で、朝鮮戦争の帰還兵コワルスキー(C・イーストウッド)は、かつて自ら組み立てた72年型グラン・トリノを磨き上げ、眺めながらビールを飲むのが唯一の趣味。ある日、隣のベトナム一家の気弱な息子タオ(ビー・ヴァン)は、悪い仲間にそそのかされ、その車を盗もうとする。コワルスキーはその事件以来、隣家と深くかかわり、タオの教育係まで勤めることになってしまう。

 シンプルなストーリーの中にいくつもの社会問題を見て取れる。たとえば移民問題、とくにアジア系の大量流入により、地元のアメリカ文化が破壊されていく様がよく描かれている。

 一軒の家に一族郎党が住み着き、見たこともない草花で庭が埋もれていく。芝をきれいに刈る主人公の庭との対比が、それを象徴的に表している。また、アメリカの国家産業たる自動車業界のお膝元たるこの町で、星条旗を飾る家がコワルスキー一人だけという衝撃的な風景も、同じ事を表している。

 もっともお話のメインは「老人が少年の人生の導師となる」人間ドラマ。だが、こうしたリアルな現実を背景に置いてこそ、その深みも増すという映画文法をイーストウッドはよく理解している。

 俳優としての彼は、今回もさすがの貫禄。ストリートギャングに誘われ、道を踏み外しつつある善良な少年を、命がけでこちら側に留めようとする。「大人としての責任」を、まさに行動で示している。

 母が強くなり、父親不在となったいまどきの甘い風潮に、強烈なパンチを浴びせかける骨太な主張。次の世代の若者に、ジジィはどう接すればいいのかという困難な問いに、一寸のブレもなく堂々と答えている。その痛快さは、彼が若いころたくさん作った西部劇のそれに、まったくもって劣らない。これで引退とは、あまりにもったいない。


■作品データ
グラン・トリノ
GRAN TORINO
2009年4月25日(土) 丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
2008年/アメリカ/カラー/上映時間117分/6巻/3,198m/シネマスコープサイズ/SRD/DTS/SDDS/字幕:戸田奈津子 配給:ワーナー・ブラザース映画

スタッフ
監督:クリント・イーストウッド
製作:ロバート・ローレンツ、ビル・ガーバー
脚本:ニック・シェンク
原案:デイブ・ジョハンソン
製作総指揮:ジェネット・カーン、アダム・リッチマン、ティム・ムーア、ブルース・バーマン
撮影:トム・スターン
美術:ジェイムズ・J・ムラカミ
編集:ゲイリー・ローチ
衣装:デボラ・ホッパー
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーブンス

キャスト
クリント・イーストウッド(ウォルト・コワルスキー)
ビー・バン(タオ・ロー)
アーニー・ハー(スー・ロー)
クリストファー・カーリー(ヤノビッチ神父)




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