トップページ激映画批評

激映画批評

バックナンバー


シッコ

◆今度は世の中を変えられるか? (96点)

 マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー作品は、その強烈な個性ゆえ敬遠する者も少なくない。専売特許である"アポなし突撃取材"という強引な手法や、過激な論調への反発もあろうが、なにより作品の放つ政治性、思想性が嫌われるのだろうと私は推測する。前作『華氏911』はその典型で、全編現政権批判で構成され、ムーア自身も「ブッシュ再選を阻止するために作った」と公言するほど思想色の強い作品だった。

 しかし最新作『シッコ』は違う。今回ムーアが斬りこむのは"米国の国民健康保険制度の問題点"。しかもメインテーマは「無保険者の悲劇」ではなく、「手厚いはずの民間保険に入っていたのに見捨てられた」膨大な人々の真実のドラマである。

 『華氏911』はもともと大統領選に間に合わせるため、本作の製作を中断して急遽作り上げたもの。本来ムーアが力を入れて取材していたのはこちらであった。実際それだけのことはあり、外国人である我々にもわかりやすく問題点をまとめてある。

 たとえば、作業中の指切断事故を起こした人が2人出てくる。フランス人の方は無料の先端医療で無事つなげてもらったのに、米国人のおじさんは「全額は出さぬ」と保険会社に因縁をつけられ、二本の指のどちらかひとつだけ選ぶハメになった。

 こんな話題の中でさえ、決してジョークを入れ忘れぬあたりはいかにもムーア流だが、証言者らの話そのものは到底笑うに笑えぬものばかり。ユーモアとは、悲壮感をなくすためのムーアの優しさそのものだが、背中合わせで流れる激しい怒りが、見ているこちらにも乗り移ってくる。

 映画のハイライトは、9.11テロ時にボランティアで駆けつけて救助作業をした人々を連れ、ムーアがキューバに向かう場面。有害な粉塵を吸い込み、再起不能になった彼らを米政府は見捨てた。ならば仮想敵国のキューバで医療を受けてやろうというわけだ。

 この貧しい社会主義国でカメラに収められた驚愕の真実をみて、涙を流さぬ人はいまい。大勢の人の生活に直結する重要な消費者問題を扱った今回のマイケル・ムーアの主張は、この瞬間、思想の違いを超えた普遍性をもって観客の良心を直撃する。これまで彼の映画を苦手としていた人にもぜひ見てほしい。誰もが激しく心動かされる、彼の最高傑作である。

■作品データ
『シッコ』
Sicko
2007年8月25日、シネマGAGA!、新宿ジョイシネマ、シネ・リーブル池袋 他全国ロードショー
2007年/アメリカ映画/123分/カラー/提供・共同配給:ギャガ・コミュニケーションズ×博報堂DYメディアパートナーズpowered by ヒューマックスシネマ

スタッフ
監督・脚本・製作:マイケル・ムーア
編集:ダン・スウィエトリク、ジェフリー・リッチマン、クリストファー・スワード
音楽:エリン・オハラ

キャスト
マイケル・ムーア



ページの先頭へ戻る